学部でETH Zurichに交換留学できるなら、戦略的に動けばそのまま大学院進学するのは割と可能。
つい最近、スイスのETH Zurich(スイス連邦工科大学チューリッヒ校)という大学で統計学の修士を修了したのですが、自分のとった学部での交換留学→修士留学というパスに割と再現性がある気がするので、それについて書きます。宣伝ですが、ETH Zurichは世界ランキングで10位くらいの大学で、有名な卒業生としてはアインシュタインとかフォン・ノイマンがいたりします。あとは、学費が年20万円くらいなので生活費を含めても年間150~200万円くらいと、米国や英国に比べれば比較的何とかできそうな範囲の費用で留学できます。まあ世界ランクが結構高いので、合格できそうな人ならば日本国内の奨学金をもらいやすいと思います。(自分は平和中島財団にご支援いただき、さらにM1とM2の間にインターンをしたので、むしろ貯金が出来ました。)ちなみに、修士の間に交換留学して博士から正規留学するのであれば、ETHはPhD学生に世界で最も給料を払う大学といっても過言ではないので(年500〜1000万円相当)金銭の心配はしなくてよいと思います。あとは、学部での交換留学中の単位を日本の大学の卒業単位として使わなかった場合、修士課程の単位として使える点も交換留学→大学院留学がおすすめ出来る理由の一つです。(詳細はRecognition of study achievements (Master's degree programme))
この記事は大学院留学したい人向けに書いているわけですが、2022年の時点で海外経験の浅い日本の大学生が大学院留学をするための最適解は、しっかりとXPLANEや米国大学院学生会の記事を読み、戦略的に勉学に励むことです。必要な情報はほぼすべてそこにあります。交換留学後に再度大学院留学を目指すケースに絞って具体的に考えると、学部生なら留学中に推薦状書いてくれる1~2人を作り、現地の修士学生よりも有意に高いGPAを取れという話になり、修士学生ならPhDをしたい教授の元で半年〜一年かけて現地の修士学生よりも有意に良い研究をして論文を書けというだけの話です。この記事はそういった大筋ではなくて、学部生がETH Zurichでの交換留学を足がかりにして修士留学を目指す場合に、具体的に何ができるかという各論について書こうと思います。
この記事はETHの交換留学についてある程度理解している人向けに書かれています。Google検索すれば大体分かることですが、交換留学自体の記事は、東大の全学交換留学の留学体験談あたりを読んでください。あと、自分と同じ学科の後輩が学部3年で交換留学して書いた記事があるので、こちらも参考にしてみてください。 ETHに修士留学したその先が気になる方は、その後PhDに進学された朝倉さんのインタビュー記事とかが参考になると思います。自分もETHで修士を取るとどんなご利益があるかについて記事を書こうと思ったのですが途中で力尽きています。だた、その記事の下書きは公開しているので、興味のある人は覗いてみると面白いかもしれません。
この記事が想定している読者層は、成績を取るというゲームがそこそこ得意なアカデミックなタイプの人です。 ETHに交換留学で来れる人は基本的にある程度能力が高いと思われるので、多分本気でやれば再現できると思います。 あと、自分は統計/機械学習あたりを専門にしていて学部4年で1年間交換留学に行って学年を1つ落としているので、その辺りも加味して読んでもらえればと思います。 また、GPAやアカデミックな経験以外の強みを活かした戦い方もあると思いますが、自分はやったこと無いのでどうやったら良いかわかりません。
ETHの修士課程の選考基準はだいたい以下の6つになります。
- GPA
- 入学要件
- 推薦状(≒研究経験)
- Statement of Purpose (SoP)
- GRE
- 英語試験のスコア
個人的には、GPAと入学要件が最も大事で、その次に推薦状がきて、その他はそこまで大きくは合否には影響していないと勝手に思っています。入学要件というのは、修士課程ごとに定められた事前履修科目を学部のうちに取れる見込みがあるかという事で、これを十分に満たすことができないと足切りをくらうことになります。(肌感では最低でも9割くらいは満たす必要がある。)他の要素ついては特に具体的な根拠があるわけではないのですが、3年前の出願時に出願者のスペックとその合否が沢山載っているThe Gradcafeというサイトをひたすら眺めていたときに、相当にGPA気にしていそうだなという印象を受けた記憶があります。あとは、修士課程の入学選考に教授クラスの人間がリソースをつぎ込むのは時間的にコスパが悪いので、かなり作業的に選考をしていると思っているためです。ETHでは教授は基本的にものすごく忙しいので、自分が予算を引っ張ってきて雇い指導する博士学生でもない修士学生の選考のために、そこまで時間をかけてSoPとか推薦状を読んでいるのかというとやや疑問です。まあ読んでるかもしれませんが、そんなに時間をかけて読んではいないと思います。当然修士課程の選考基準は米国大学院のPhD留学よりも有意にゆるくなるので、ほとんどの学生は修士課程の出願時にPublicationをもっていません(体感だと8~9割以上の統計学修士の学生は出願時にPublicationなし)。Publicationのない学生の研究経験が推薦状に書いてあってもそこまでまともに評価できない気がするので、研究経験以外で特筆すべきことが無い限りは推薦状の威力もそこまで高くないでしょう。あとは、自分の応募したData ScienceとStatisticsの修士ではSoPの要求ページ数がかなり短かったので、それもそこまでSoPを重視していないことの傍証だと勝手に思っています。
あと、ETHの修士の選考では、最初に入学要件を満たしているかをチェックしてスクリーニングするので、入学要件をきっちり満たしていることを書類上で主張する必要があります。(修士課程ごとの入学要件)出願の際に、履修科目名とともに科目の内容を記述する欄があるので、そこを利用して、ETHの事前履修科目に相当する内容をほぼ全てカバーできているということを書くというのがいいと思います。 一応、具体的に何単位以上欠けていると完全にアウトという基準はあって、それは上記のリンクをたどっていくと分かります。例えば、MSc Statisticsだと21ETCSの要件のうち、5ECTS(相当)以上必要単位が不足すると入学要件で完全にアウトになります。 入学要件が欠けた状態で入学許可が出た場合には、進学後の追加必修科目の履修などの形で不足分を取り切る事が卒業要件に追加されます。 余談ですが、ETHのMSc StatisticsはCSとかData Scienceと比べて入学要件が軽めで、スイス国内組はUniversity of St. Gallenという名門どころの経営/経済学部出身者がたくさんいたり、海外組も工学系の出身者が一定数いたりするので、数学系出身でなくても受かる可能性は十分にあるという印象です。 また、Robotics, Systems and ControlやData Scienceなどの人気の高いプログラムは入学要件が緩めなものの、Electrical Engineering, Mechanical Engineering, CS, Statisticsなどと比べて合格する難易度は高いので、事前履修が間に合わないからといってそちらを目指すとむしろ逆効果になることが多いと思います。
GPAが大事だと書いたのですが、海外の一部の国ではGPAインフレーションというものがあるので、日本の出願者が素のGPAで戦うとわりと不利になります。そこで交換留学中に現地の修士学生よりも有意に高いGPAを取り、さらに推薦状で日本ではGPAのインフレが無いというようなことを述べてもらうというコンボがかなり有効打となると思われます。あと、他のヨーロッパの大学に出願する際にも、ETHという割とレベル感の知られた大学での成績があると出願者の成績評価がしやすくなると思います。(日本の大学を運営している皆さん、GPAをインフレさせるのは立派な国際化戦略です!)ちなみに、あまり知られていないのですが、ETHの修士課程の入学選考についてひたすらデータ分析する博士論文がオープンアクセスになっていてそこで、出願者や合格者のGPAや各種スコアを見ることが出来ます。Information Processing for Effective and Stable Admissionという論文で、例えば52ページにある合格者のデータを見た感じ、外部から進学した修士の学生の平均GPAは5.1~5.3くらいです。(ETHの成績は0.25刻みの1.0~6.0というスケールで4.0未満が落単となります。)他にも、上記のThe GradCafeやそのデータを可視化できるサイトも参考になります。 GPAを上げるには、真面目に勉強するというのが当然一番有効なのですが、それ以外にも使えそうなテクニックがあるので、それらを紹介します。
ETHではmystudiesという履修管理システムが全学で使われていて、それを使って履修登録、試験の受験登録、履修済み科目、成績の管理などを行っています。このシステム上では試験の1~2ヶ月くらい前までは試験の受験登録を解除できるので、履修科目のうち難しすぎるものなどを未受験にして成績表に表示されないようにすることが出来ます。ただし交換留学中は、この公式のシステムとは別の交換留学生用のシステムをつかって履修計画を作成してETHの交換留学担当者の承認を得る必要があるので、どんどん科目を切るわけにはいかないのですが、学期のはじめにそれらのシステムで若干多めに履修登録をしておいて1,2科目くらいこっそりに落としてもちょっと怒られるくらいで済むと思います。万が一、未受験の科目が成績表に反映されても、未受験なのであればSoPとかで適当に言い訳しておけば常識的に考えてGPAを計算するときに考慮されることは無いと思います。
あと、修士課程の学生は一学期あたり約30ECTS履修することを推奨されていて、実際には学期あたり25~30 ECTS位とるのが普通なので、これに近い単位数を取れるとなお良いでしょう。 これは、取ってる科目数が少なければ科目あたりにかけられる時間が長くなるので当然GPAが上がるからです。 GPAと単位数のどちらが大事かという話ですが、個人的には成績を重視したほうが良いんじゃないか思っています。というのも交換留学生はスケジュール上忙しい傾向がありますし、新しい環境に来たばかりだとパフォーマンスは下がりがちなので、取得単位数がやや少なくても良いんじゃないのとは思います。 何の根拠もない個人の感想ですが、30単位で5.0よりかは25単位で5.5とかのほうが良い気はします。 ちなみに自分は交換留学中、秋学期に24ECTS、春学期に28ECTSとっていたようです。
交換留学時の履修計画について少し補足すると、自分が交換留学したときは、留学前に承認された履修計画は各学期のはじめに担当者の承認をもらった上で変更することができました。 おそらく、常識的な理由であれば学期あたり1~2科目程度の変更、もし特別な理由があればそれ以上の変更が可能なので、交換留学前に承認をもらう段階では履修予定を軽めに組んでおいて、留学が始まってからちょっとした追加/変更をするくらいがちょうど良いのかなと思います。 余談ですが、交換留学前の承認をもらう際にあまりに攻めた履修計画(交換留学時点での事前履修科目の観点で)を出して、ETHの交換留学担当者に詰められたり、交換留学の開始時期を遅らせることになった例を見たことがあります。 交換留学前の履修計画には、自分の履修したい科目の中から、事前履修の観点で背伸びをしすぎずかつ本当に履修する可能性が高いものを必要最低単位数だけ選んで並べておくのが無難だろうと思います。 (ここらへんの履修制度の話は、自分が留学した当時の話であり現状とは違う可能性があります。これら参考にする場合は、特に注意してください。)
という意見には全面的に賛成するのですが、GPAをハックする上では割り切りも必要だと思います。代替案としておすすめしたいのが、履修登録だけしてそもそも試験の受験登録しないというテクニックです。上記のmystudiesというシステムは確か学期あたり50単位まで履修登録が出来るようになっているので、自分の勉強したい科目の履修登録をしておけば、普通に講義資料にアクセスしたり授業を受けたりすることができます。交換留学用の履修管理システムには試験を受ける予定の科目だけ登録しておきましょう。自分は交換留学生のときに、この技を使ってやたらと講義資料をダウンロードしていたところ、交換留学担当者の方にお前のmystudiesの履修登録がおかしいことになっているとメールで詰められましたが、講義資料がほしいので登録していると返信したところ特に問題ありませんでした。
GPAをハックするには、自分のレベルにあった講義を選ぶのが大事なわけですが、徹底的にシラバスを使って講義内容を調べ上げるのが有効です。特に、講義内容や事前履修科目(prerequisites)あたりをよく読んでみると、想定されている事前知識がよくわかるので、履修時の自分の知識レベルである程度対応できるような科目を履修すると良いでしょう。 シラバス以外にも、過去の授業のホームページが残っていたり、ETH Video Portal(ETHアカウントが必要)やYouTubeでいろいろな講義の録画が見れることもあります。こういった基本的な話の他にも、以下のような基準が役に立つかもしれません。
当然これは有効。
ETHのだいたいの学部は、スイスの高校卒業者は誰でも入れるが、入学試験の代わりに学部の必修科目で入学者をふるい落とすという仕組みになっています。そのため、学部では成績の付け方が厳しくなります。例えば、CS学部生の点数分布が、CSの学生団体の記事に載っていますが、これは修士よりも明らかに厳しい成績の付け方だと言えます。(例:2021年の第2号、第4号とか)また、上記の博論76ページの学部と修士のGPAの比較を見ても同じ傾向が見て取れます。一方で、修士の講義で落単するのは珍しいくらいなので、成績の付け方は明らかに違うと言えるでしょう。
ETHは試験結果をメインに成績を付ける授業が非常に多いです。あとはプロジェクトや課題の提出などが3割くらい加算される事が多いです。つまり試験を制するものがGPAハックを制すると行っても過言ではないわけです。試験の形式としては主に、Written Exam(筆記試験)とOral Exam(口述試験)があるのですが、英語に自信がないならOral Examはやめたほうが良いでしょう。英語が得意だとしてもOral Examは15~20分という短い試験時間で受験者を評価することになるため評価のブレが大きい傾向があり、あまりおすすめしません。余談ですが、筆記試験の問題は各学部ごとの学生団体のページ(例:https://exams.vis.ethz.ch/)や過去の講義ページに転がっているので早めにチェックすると良いでしょう。なんなら、履修を組むときに試験までチェックしておくと、思ったよりも試験が難しすぎるなんていうような災難を防止できるはずです。あと、授業の後半になると教授が自分で過去数年分の過去問を配るというケースも多いです。
成績評価にプロジェクトが入ってくる場合、チームメンバー選びはクリティカルな問題です。授業用の掲示板とかでチームを探すなら、強そうな人のチームに入る(か自分で強そうな人を集める)ようにしたほうが良いです。強そうな人がチームメイトを募集している場合、同じように強そうな人、自分と同じテーマに興味がある人、プロジェクトに時間をかけてコミットする用意のある人などを求めていることが多いので、チームに入れてもらえないかコンタクトするときには、自分か上記のどの点で貢献できそうかに言及できると良いでしょう。あとは、チーム編成は早めに行ったほうが良いです。というのも、これに乗り遅れる人は大体イマイチやる気の無い人が多いからです。また、自分の英語での発表/レポート作成能力に自信がない場合は、英語力の高そうな人をチームに1人は入れるようにすると良いでしょう。ちなみに自分が交換留学中、1チーム4人のプロジェクトをやっていた時、交換留学生と組んだら自分以外の3人が所属大学の新学期のために早期帰国して離脱するという珍事があったので、交換留学生と組む場合には、本当にその授業にコミットする気がありそうか(早期帰国の予定がないか)などをよく窺うようにしたほうがいいです。
ETHは非常に理論を重視した教育を行っている事で知られています。(理論によりすぎだという批判もたまにあります。)そのため、教え方がかなり理論的になるのはもちろんのこと、理論系の科目の開講数が増えます。それ自体はとても良いことだと思うのですが、GPAハックをするという観点からすると、学部交換留学中に本格的な理論系科目の試験を受けるのはおすすめ出来ません。数学が得意な人は何とかなるのかもしれませんが、普通の学部生がETHの理論科目を取ると結構大変なことになると思います。少なくとも自分は交換留学中に、最も理論によったタイプの統計学の科目の一つをとった結果、単位数に見合わない莫大な時間を消費ししGPAをちょっと下げることになりました。自分の脳みそのレベルからすると、そういう科目で良い成績を取るには、すでに半分くらい勉強したことがある位の状態でそういった科目をとるくらいがちょうと良いように思います。
これは理論的すぎる科目と取るなというのとは反対の話なのですが、数式がある程度出てくる科目のほうが、学力に比して英語力が不足している学生にとっては筆記試験が簡単になるという話です。いくら日本の学生が筆記試験に慣れているとしても、英語での筆記試験というのはそれなりに難易度が高いです。しかし、記述問題の解答に数式が絡むようになると、多少英語がおかしくても数式があっていれば点が来るので試験の難易度が下がります。幸い、ETHの教育スタイルはかなり理論によっているので、意図しなくても意外と多くの科目が数式を頻繁に使うようなものになっています。
上記のようにETHの教育スタイルは理論にかなりよっているので、日本にいるうちに理論的な授業に慣れておくと良いです。数学関係や学部上級の授業を取るのもいいですし、修士の講義に潜ってみるというのも悪くないでしょう。少なくとも自分は普通の人よりも理論的な話が気になる体質だったので、意図せずに交換留学前に応用数学系の授業をわりととっていて、それが留学後に役立ちました。
専門科目というのは、隣接分野と重複している部分があるので、同じ分野の講義を幾つか取ると相乗効果があり成績が上がります。自分が交換留学をしていた時は、興味関心のあった統計/機械学習に関係する授業をひたすら取りまくっていたのですが、今思い返してみると複数の授業で同じようなコンセプトや数学的なツールを使うことが多かったので、結果的にそれぞれの授業の理解が深まったと思います。
英語力のそこまで高くない人間にとって、新しい概念を英語で学ぶというのはかなりハードルが高いです。可能であれば、履修予定の科目の入門的な講義や隣接分野の講義を日本で取っておくと理解がスムーズになります。あと、若干せこいように聞こえるかもしれませんが、ETHで取る予定の科目と同じ科目を日本で取るのもそんなに悪くないと思います。というのも、ETHでは日本の大学に比べて履修科目数が少ない代わりに科目ごとの掘り下げ方が深いので、日本で同じ科目を履修していたとしても、ETHではそれよりもかなり掘り下げた内容を学ぶことになることが多いためです。日本で入門レベルの内容を学び、ETHでその上級版に相当する内容を学ぶというのは、割と筋の通った話と言えるでしょう。
学部生が研究経験をどうやって積むかということを考えるときに、ある程度理解しておいたほうが良いのは、研究室というものの仕組みないしインセンティブ構造です。 研究室(または研究グループ)は主宰である教授クラスの人間と、その指導/管理の元で研究を進めるポスドクやPhD学生によって構成されています。さらに、卒論、修論などの学生も研究室に配属され研究を行うことがあります。日本では複数の教授が一つの研究室にいるような組織設計のところも多いようですが、ETHでは1教授1研究室という構成が普通だと思います。 また、研究室というのは大学組織内での研究費などの予算管理の最小単位だったりするようです。この研究室というのはその名の通り研究成果を生み出すことを目的として運営されており、研究成果というのは論文の数(と質)で測ることが出来ます。いわば、研究室とは論文工場であり、教授は工場長、ポスドクとPhD学生は作業員ないし実働部隊と言えます。
推薦状に書けるような研究経験というのは、論文工場で論文生産の手助けをすること、もしくは自身が工場内で論文を生産することにあたります。ほどんどの研究室では、教授/ポスドク/PhD学生といった各構成員が試したいと思っている研究アイディアの検証に必要な作業量が各構成員の作業量を上回っているので、学部/修士の学生がこの検証作業を手伝ってくれると結構助かるという状況にあります。ただ研究アイディアの検証作業というのは、新規手法の理論解析や実装などとかなり専門的な能力を必要とすることが多いため、学生ならば誰でも良いというわけでもありません。ではどんな学生がほしいかと言うと、1)検証に必要な特定の能力を持った学生、2)必要な能力を手取り足取り教えずともすばやく習得出来る学生です。この両者に当てはまらなくても役に立つ労働力というのはあって、それは、3)長期間にわたって働ける学生です。たとえ、必要な能力を教え込むのに時間と手間がかかるとしても、その学生が長期間に渡って研究の手伝いをしてくれるならば、最終的に元が取れるという話です。極論、金銭的/人的な投入リソースに対してのパフォーマンスが高ければ、人間でなくて猫でも犬でも何でも良いのですが、コスパが良い労働力というのは概ね上記の3パターンになります。つまりは多くの論文工場では慢性的に作業員不足がおきていて、安くて優秀な労働力が求められているということです。
一般に、労働力を必要とする研究プロジェクトというのは現在進行系のものであり、その情報は研究室の外部にあまり出てきません。これはよく考えると当然で、現在進行系の研究テーマを公開して第三者に真似され先に論文化されてしまったら、自分たちは論文化できなくなってしまうからです。 では、研究経験の無い(あるいは浅い)学部生がどのようにして研究プロジェクトを探せば良いかということですが、教授または個々の研究室のメンバーに当たりが出るまで片っ端から連絡して、自分が安くて優秀な労働力だと納得させればよいわけです。そこで上記3つの点をどうやって抑えていくかということですが、1)については自分の得意分野(だとシグナリング出来ること)に関連する研究室や研究プロジェクトを探すということことになるでしょう。2)に関してですが、これはGPAや研究に緩く関連する分野での研究/インターンの経験などでしょうか。3)については、自分が長期間コミットできるという情報の開示の他に、自分が長期間そのプロジェクトに関わりたいという熱意を見せることなども大事でしょう。
コスパの話ばかりだと不粋なので少し違う話をしておくと、将来の学術界ないし社会に貢献する人材を育てるのは教育者としての責務だと思って、いちいちコスパとか考えずにやる気のある若者なら研究に参加する機会を与えてくれるような徳の高い研究者ももちろん存在します。こういう場合に、指導者の徳が高くなるスイッチを押すのはやはり、熱意、才能、可愛げ、あとは、TakerでなくGiverっぽい雰囲気とかでしょうか。コスパを度外視して面倒を見る手間と引き換えに、有望な若手の育成に貢献できた思ってもらえるように努力するのは大事だと思います。
ETHでは、教授の数が学生の数に比べてかなり少ないので、どこの研究室も日本で言うところのビッグラボ的なスタイルで運営されています。そのため、教授は基本的に相当忙しく、学部生の世話まで手が回らないのが現状です。修士論文でさえおそらく半分以上のケースではPhD学生が修士の学生を指導しており、修論学生が教授と対面する機会は中間発表と最終発表だけだったりします。そのため研究プロジェクトを探す時は、教授に連絡するというトップダウンのアプローチよりも、現場の実働部隊であるPhD学生やポスドクに直接連絡するというボトムアップのアプローチのほうが有効だったりします。教授にYesと言わせるのがPhD受験とすると、PhD学生にYesと言わせるのが研究プロジェクト探しというような感じでしょうか。
ただし、後々の推薦状をもらう段階まで考えるともう少し工夫が必要で、最終的に教授やポスドクレベルの人に推薦状を貰えるようにする必要があります。個人的には教授レベルの人間は忙しすぎて多少研究を手伝ったくらいでは推薦状を書いてくれないこともありうると思うので、もうちょっと余裕のあるポスドクレベルの人とも仲良くなっていざとなったら推薦状を頼めるようにしておくのが良いと思います。(自分で主導した研究が論文化されるくらいの成果があれば、間違いなく教授から推薦状は貰えますが…)あとは、複数人の教授/ポスドクレベルの人と仲良くしておいて一人に推薦状を断れれても大丈夫なように冗長性を確保すると良いでしょう。そのためには、研究室のホームページなどを起点にして自分に合ったプロジェクトをやっていそうなPhD学生に当たりをつけその分野をちょっと勉強してから、そのラボの教授やポスドクに半ば偶然を装って、こういうトピックに興味があって研究の手伝いをしたいのだが、あなたのラボでそのような事は出来ないだろうかなどと聞いてみるのが良いと思います。ちなみに自分は推薦状を書いてもらったポスドクの方に最初に研究プロジェクトに参加できないか相談した際に、大学院でETHに行ってその後PhDしてみたいので研究経験を積みたいと明言していたのですが、これはコミットメントの程度が伝わりやすく推薦状を貰える確度が高まるので割と良いムーブだったなと今になって思います。あと教授、ポスドク、PhD学生というのは、自身と同じように将来PhDをしたいという学生がいると、なんとなく応援したくなってしまうものだと思うので、ちょっとでもPhDしたいと思っているならば、そういう風に明言するのも良いと思います。
教授、ポスドク、PhD学生へのコンタクトのとり方としては、主にメールと対面の2種類があると思います。 メールの場合には、CVや成績表、その他強みが分かるものを添付して、本文では端的に得意分野やモチベーション、その他のシグナリングになるようなことを書くと良いです。 教授やポスドクなどの忙しい職位の人にメールする場合、メールが長すぎると返信来ない確率が上がるので注意しましょう。 対面というのは、授業の前後や(あれば)オフィスアワーに教授や講師をしているポスドクに話しかけてみるというようなアプローチのことです。もしもその人の授業を取っているのであれば、授業前後に頻繁に質問をして熱心な学生だという印象づけをしてから、研究プロジェクトについて相談できるとなお良いでしょう。ただし、レベルの低い質問は意味がないかむしろ逆効果なので、授業中に言及された発展的な話や参考文献などを予習復習して、そういった内容について質問すると良い印象を与えられると思います。 あとはPhD学生やポスドクが個別に時間を取って面接ないしミーティングをしてくれるような場面もあると思いますが、その場合には手持ちの研究テーマと学生の興味/スキルのすり合わせがメインの話題になることが多いと思います。加えて、一緒に気分良く仕事ができそうかとかもほんの少しは見られてるかもしれません。もしそこでテーマが見つからなくても、同じ研究室内で学生の興味に沿った研究をしていそうなPhD学生を紹介してくれたりすることも結構あります。 あと、コンタクトの方法に関わらず、相手にしてもらえる可能性を上げるためには、その教授の授業を取っている or 取って良い成績を取った、その教授の研究分野に以前から興味がある、などといった尤もらしい理由を付けるのも有効だと思います。
上記の通り、個人的にはSoPはそこまで重要ではないと思っています。ただし、重要でないというのは、ある程度まともなSoPを書いておけばそこでは差が開かないという意味であり、質の低いSoPを書けば当然合格の可能性は下がると思うので、気を抜かず準備はしてください。まともなSoPの書き方についてはXPLANEのSoPの記事などが参考になります。ただし、上記のSoPの記事はアカデミックなPhD出願に向けて書かれているので、ETHの修士出願では教授名はとくに言及しなくても良いかなと個人的には思います(自分はETH、EPFLのSoPには教授名を入れていません)。ちょっと話が脱線しますが、個人的にはアカデミックなSoPの書き方しかしたことが無いので、キャリア系のSoPの書き方の人はよくわかりません。おそらく有名な外資系企業とか国家公務員とかの目立つ経歴があれば、そういう書き方も可能だと思います。何はともあれ、まともなSoPにはETHについてしっかりと理解していることを示すような文章が何かしら含まれている必要はあります。アカデミックなSoPでそれをやろうとする場合、テーマ名からその修士課程に関わっている教授や研究グループが連想できるような研究テーマに興味があると書くというのが良いと思います。例えば、自分のような統計/機械学習系の出願者なら、CausalityとかBayesian Optimization、あとは確率的最適化やその亜種の理論解析などに興味があると書いてみたりするといいでしょう。あとは、ETHの十八番であるコンピュータビジョン/4足ロボット/ドローンの制御あたりは専門と重なるのであれば書きやすいかもしれません。
よく言われていることですが、英語能力試験は足切りにしか使われていないと思います。アメリカ人も普通に落ちてますし。個人的にはGREもそこまでしっかりは使って無いんじゃないかと勝手に思っています。例えば、上記の博論の107ページにGREのスコア分布が出てるのですが、ある程度低くても合格している人はいるようです。ぱっと見、本当にまずいレベルで低い点というのは概ね、AWは2.0以下、QRは155以下、VRは140以下くらいでしょうか。あとは、上記のThe GradcafeというサイトでもGREのスコアと合否についてはチェック出来ます。当然GREの高い学生の方が合格率が高いという傾向は多少はあるのですが、他の基準で評価して優秀な人は当然GREが高くなるわけなので、見た目の相関よりもGREの重要度は低いということになります。ちなみに、ETHはEU内の学生にはGREのスコアを要求していないので、出願者間の比較が難しいようにも思うので、GREをそこまで本格的には使っていないように思います。まあ、EU内とEU外で定員があるということかもしれませんが。あと、GREの提出はだいたい必須なのですが、プログラムによっては不要なケースもあるようです。
ETHの修士の出願期間は2つあるのですが、現時点では日本の大学を卒業予定の人が応募できるのは、早い方の締切だけのようです。 2023年入学の場合は2022/12/15が締切です。(出願スケジュールのページ)
ETHでは確か修士は3つまで併願可能です。もし興味のある修士課程が複数あれば、2つ以上のプログラムに出願してみるのも良いかもしれません。たとえば、統計/機械学習をやりたいCS系の学生であれば、Statistics/Data Science/Computer Scienceの最大3つに出願できたりするわけです。
ETHにある程度の期待感をもって出願できるだけの出願書類が準備できるならば、ヨーロッパの大学院であればそこまで個別に出願書類をチューニングせずとも出願できるのではないかと思います。というのも、ETHはヨーロッパでの知名度がまあまああるので、交換留学時のパフォーマンスを元に出願者の能力のカリブレーションがしやすいためです。個人的には、同じくスイスのEPFLを併願先として強くおすすめします。EPFLは、知名度を除くと教育/研究などは完全に同レベルのETHと双璧を成す大学です。あと、その他の欧州の大学院の中では、ドイツの大学院がおすすめです。ETHがドイツ語圏でトップの大学であるため、交換留学がそこそこプラスに働くでしょうし、ドイツは非EUの学生に対しても殆ど学費をとらないという点も魅力的です。余談ですが、お金のかからない非英米留学については、もしかするとそのうち詳しく記事を書くかもしれません。下書きまでは書いたので、気になる人はそれを見て適当にGoogleで調べてください。 これは個人の印象でしか無いのですが、ETHに交換留学出来る人間が上記の対策をできれば、たとえETHには落ちたとしてもヨーロッパの大学院のどこかにはほぼ確実にひっかかると思います。
ちなみに、日本の院試は受かっておくと精神衛生上良いと思います。自分は普通に落ちまくりましたが、3つの大学院を受けて1つにギリギリ受かったので余計なプレッシャーなく出願準備に専念できました。院試で全落ちしてたら、ETHの出願書類も質が下がって落とされてたかもしれないと思います。似たような話としては、就活して内定を取っておくのも同じような精神安定剤としての効果があると思います。
交換留学中に、現地の修士学生に入学選考について話を聞くと大いに参考になるのですが、その学生がスイス人なのか、EU圏出身者なのか、それ以外なのかという点に一応注意したほうが良いような気もします。というのも、学生の属性によって選考基準が違うと思われるからです。スイス人とそれ以外の学生の選考基準は違って当然ですが、EU圏内とEU圏外でも選考基準が違う可能性があります。欧州ではEuropean Credit Transfer and Accumulation System (ECTS)によって教育の互換性がある程度担保されていることや、EU圏外の学生に対してGREを要求しているあたりを見ると、選考基準が多少違っても不思議は無いと思います。
この記事かXPLANEや米国大学院学生会の記事を読めばだいたい分かることですが、チェックリスト的な用途で使えると思うので、一応書いておきます。
- 日本にいるうちにETHでの履修を見据えた勉強をする(上記の通り)
- GPAを上げておく
- 研究室での研究の手伝い/研究インターンなどの推薦状に書いてもらえそうな経験を積む
- 推薦状を書いてくれそうな教授と仲良くなる
- 出来るだけ長期間その人のもとでプロジェクトとかに取り組む(どの程度その推薦者の評価が信頼できるか示すために「推薦者は、この学生を〇〇ヶ月にわたって指導した」などと推薦状に書くのが標準的なため)
- 論文のための研究でなくても、ある程度の複雑度のある社会実装のためのプロジェクトや学術色のあるコンテストなどの経験もわりと評価される
- もし可能なら、論文を出す
最後に自分がETHの大学院出願をした時の記録を乗せておきます。ちなみに、上記の評価ハック方法は出願後になって気づいたものもあるので、自分の出願時にこれらを総動員できていたというわけではないです。
- 交換留学前は、意図せず理論よりの科目を多く取っていた
- 学部4年の夏から1年間交換留学
- 秋学期
- 授業
- 英語での最低限のサバイバルスキルを身につける
- 研究プロジェクト探し
- 春学期
- 授業
- 研究プロジェクト(Semester Projectという科目で単位認定してもらった)
- 海外の大学院出願の方法を調べる(これも時間かかる)
- ちょっとだけ院試のためのTOEFLの勉強
- 院試勉強
- 一部の奨学金は応募時期が帰国前後で早すぎたので逃したような気もするし、実績が足りなくてどうせ通らないだろうと思って見送ったような気もする
- 帰国後(学部4年の後半部分に相当)
- 院試
- IELTS
- GRE
- 奨学金応募
- 書類作成/出願
- なんだかんだで取っていた5コマくらいの講義
- 卒論
- IELTS
- 3h * 1 months
- 予約や採点、スコア送付にやや時間かかるので、たぶん出願の2ヶ月前までには受験しておくべき
- GRE
- 6h * 2.5 weeks
- 同じく出願の2ヶ月前までには受験しておくべき
- SoP執筆(+推薦状の下書き)
- 6h * 2 months
- 出願者がオンラインで出願を完了してはじめて、推薦者に入力フォームがメールで届くので、出願締め切りよりも早め出願を終えておくと、推薦者が入力する時間を取りやすくなって良い
- 自分は作文とか苦手なのですが、200±100時間くらいかかったと思います
- 書き方を理解するまでにひたすら英語でGoogle検索をすることになるが、ここに時間がかかった(XPLANEのない時代)
- その他、募集要項の理解、書類の収集やFormの入力
- 50~100hくらい?
これらの数字は修士を始めた頃に誰かに聞かれて答えた時ののコピペですが、今となってみるとそんなに時間使った記憶がないので、ほんまかいなという気もします。
- GPA
- 東大…3.69
- ETH(交換留学)…5.55(Aセメ24単位→Sセメ28単位)
- 推薦状
- 東大の卒論の指導教官の推薦状
- 卒論の内容をPublishするために準備していたタイミングだったので、そのように書いてもらった(これは1回Rejectされた後、出願の約1年後に別の会議に採択された)
- またGPAのカリブレーションの為に東大の優3割規定についても書いてもらった
- ETHのPostdocの人の推薦状
- その人が教えている授業を取った
- その人の紹介でResearch AssistantやSemester Projectとしてちょっとした研究の手伝いをした
- 東大の卒論の指導教官の推薦状
- SoP
- ETHの統計/機械学習分野でよく研究されているテーマに言及
- GRE
- V153, Q170, AW3.0
- IELTS
- L7.0, R8.5, W6.5, S7.0
自分の受験時に提出した書類を見たいという方がいらっしゃいましたら、XPLANEのSlackとかTwitter(@kstoneriv)とかで個別にご連絡ください。レスポンスがものすごく遅いときもあるので、その点についてはご理解ください。
- Data Science…不合格
- Statistics…合格
- ちなみに似たような出願内容で、EPFLのData Scienceには合格
- あと、KAUSTのStatisticsにも多分合格っぽいとこまで行って辞退
- スイスやヨーロッパで遊ぶためにETHの交換留学に行くのもすごく楽しいと思いますが、あえて戦ってみるとそれはそれで得られるものも結構あるのではないかと思います。
- 評価ハックに成功して大学院留学できたら、遊びほうけても良いのですが、ある程度は真面目に勉強しましょう。そうしないと、後輩が出願するときに不利になりますので。